本郷和人『壬申の乱と関ヶ原の戦い-なぜ同じ場所で戦われたのか』祥伝社、2018年、800円+税は、壬申の乱、青野ヶ原の戦い、関ヶ原の戦いという3つの戦いを紹介し、それぞれ異なる名前が付いているが、どれも不破関の東側の原野(関ヶ原)で戦われ、その後の日本を大きく変えたことを説明している。。
 壬申の乱の結果、天武天皇が誕生し、国外重視から国内重視の政策に転換し、唐に対する外交の中で初めて国号日本が使われ、不破、鈴鹿、愛発に関所が置かれ、日本の東の国境が確定した。
 青野ヶ原の戦いの結果、武士の世が生まれ、室町幕府軍が勝ったことにより、将軍権力が確立、将軍が任命した守護大名の巨大な力に,もはや貴族は及ばなかった。
 関ヶ原の戦いの結果、日本は統一国家となって、家康が勝ったことにより、外交重視・重商主義から内需拡大へと大きく転換、鎖国、関東・東北開発が進み、都が大阪から江戸に、日本列島の中心が西から東へ移った。
 壬申の乱後、不破は都を防衛する上で戦略的に重要な場所となったが、関ヶ原の戦い後は、都が江戸になったため、その重要性はなくなった。代わりに西からの攻撃に備え、伊勢と彦根に防衛ラインを引き、次いで名古屋、福井に線を引き、更に箱根に防衛ラインを引いた。
 この3つの戦いは、東の反乱分子が都の権力に戦いを挑むものであったと同時に、外圧から生まれたものであった。
 日本史の東西対立の構造の解説である。面白い!

注:本郷和人『壬申の乱と関ヶ原の戦い-なぜ同じ場所で戦われたのか』祥伝社、2018年、800円+税
  「日本史の謎は地政学で解ける」http://blogs.yahoo.co.jp/hiromichit1013/66129415.html
  「戦略は歴史から学べ」http://blogs.yahoo.co.jp/hiromichit1013/65627402.html
  「日本史の謎は『地形』で解ける」http://blogs.yahoo.co.jp/hiromichit1013/64314748.html