大人になっても忘れられない、小学生の頃に「国語の教科書」で読んだ会話。当時は「うれしいからと言って、どうして食べるわけでもないのに、夏みかんをタクシーに乗せるの?」なんて考えていました。

「白いぼうし」

 


「これは、レモンのにおいですか。」
ほりばたで乗せたお客のしんしが、話しかけました。
「いいえ、夏みかんですよ。」
信号が赤なので、ブレーキをかけてから、運転手の松井さんは、にこにこして答えました。
 今日は、六月の初め。
 夏がいきなり始まったような暑い日です。松井さんもお客さんも、白いワイシャツのそでを、うでまでたくし上げていました。
「ほう、夏みかんてのは、こんなににおうものですか。」
「もぎたてなのです。きのう、いなかのおふくろが、速達で送ってくれました。においまで、わたしにとどけたかったのでしょう。」
「ほう、ほう。」
「あまりうれしかったので、いちばん大きいのをこの車にのせてきたのですよ。」

『車のいろは空のいろ 白いぼうし』作:あまんきみこ(ポプラ社)より抜粋

大人になって思うのは

 

たとえば「季節のお花」や「季節の食べもの」を、大切なだれかに贈るよろこび。〈においまで、わたしにとどけたかったのでしょう〉と言うように、ふと「あ、新しい季節がやってくるな」と肌で感じる瞬間を、だれかにも渡したくなってくるものです。

そして受け取ったときの、突然自分のもとに「季節」が舞い込んでくるあの感じ。運転手の松井さんが、夏みかんをタクシーに乗せていた理由がよくわかるようになりました。

かつて(嫌というほど)読み込んでいた教科書には、「季節の楽しみ方」のお手本がたくさん散らばっていたんだなと、今だからこそ思うんです。

 

男の子がぼうしの中につかまえたチョウをにがしてしまった。タクシーの運転手である松井さんが、そこで思いついたこととは……?心温まる短編集の傑作。