高校では、校則が絶対に正しく、私たちはそれに従うものだと指導され、それに対して何の違和感も感じずに生活してきました。

そう口を開いた彼女らは、現役の女子高生。理不尽なまでに厳しい自分たちの学校の規則について、「FEELING NOTHING」と名付けたファッションブランドを立ち上げて異議を唱える活動をしている

自然であることにまで
「規則」を強いられる違和感

"Rures exist to silence us."

"規則は私たちを黙らせるためにある"

私の学校では、「授業中にトイレすら行けない」「地毛にもかかわらず、それを証明するために書類を提出しなければならない」などといったことが当然のように行われています。だんだんと、自然に起きる現象に対して強制されることに、疑問を抱きはじめました。

私は勇気をだして抗議しようとしました。しかし、「校長先生がお決めになられた規則だから」と話すら聞いてもらえませんでした。

と、彼女たちは続ける。このほかにも、コンテストへの参加など、生徒が自らの夢のために学外で行う取り組みまで、「賞金が出るとお金稼ぎになるから」と規制されることも。

「おかしい」と思ったのに、真正面からでは声を上げることも許されない。そこで選んだ手段は「服」だった。

実在する校則の文章や、それに対する思いをあえて「かわいく」「面白く」洋服に落とし込んでいく。

「問題提起×ファッション」
入り口は親しみやすく

"Don't bring anything expect textbooks and lunchboxes."

"教科書とお弁当箱以外は、何一つ持ってきちゃいけない"

入り口は「こんなのあるんだ」とか、「かわいい」という反応で良いなと思っています。それで何か少しでも、考えるきっかけや、こういう活動をしている人がいる、ということを知る契機になってくれれば。

校則をなくせ、なんて無秩序を求めているわけではない。規則は本来なら人間がより良く生きられるようにするために存在しているはずで、「必要なルールと、不必要な縛り付けは違うのではないか」という違和感。それについてひとりでも多くの人に考えて欲しい。そのために、ファッションという入り口を用意する。それが彼女たちのアイデアだった。

"若気の至り"と切り捨てる?

いちからデザインするにあたって、自分が服を通して何を伝えたいのかを毎日毎日考えました。正解はありません。

ただみなさん一人一人に、一枚一枚の服がどういったことを伝えようとしているのかを考え、そして模索し、何か行動を起こしてほしいという願いを込めて作りました。

クラウドファンディングでの資金集めもまだまだ。問題提起をしたって、その検証や、具体的にどうしていくのかも模索中。そんな手探りの状態での取り組みは、「若さあってこその勢い」というべきか、非常に危なっかしい印象すら受ける。

でも誰が正しいことを言っているのか、そもそも正しいことって何なのか。彼女らの取り組みで、「誰も声をあげなかった場合」には見つめられることのなかった「何か」は確実に生まれてくるんじゃないだろうか。

この動き、「この年頃って反抗したくなるよね」と、軽く切り捨てられるものでもない、のかも…?

Licensed material used with permission by FEELING NOTHING